首里城正殿写真寄せ集め

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2019年10月31日。首里城が燃えてしまいました。

私は大阪の自宅にいたので、できるだけニュース動画を見ないように目を逸らして過ごしました。だからまだあまり実感がありません。

あれから数日が経ち、気持ちも少し落ち着いたので、首里城正殿の写真を今までどれくらい撮っていたかなぁと見返していました。

一番最初に思い浮かんだのが4年前(2015年)の10月31日、首里城祭で撮った写真です。

首里城正殿(2015年10月31日首里城祭にて)

首里城正殿(2015年10月31日首里城祭にて)

これは首里城祭で当時行われていた冊封儀式再現のひとコマ。最近冊封儀式はやっていなかったようですね。

冊封儀式は琉球の機転の良さを反映しているようで私は好きでした。

関連記事→冊封儀式の歴史を知ったら首里城祭は想像以上に粋なイベントだった

あらゆるものが行き交う小さな島で、ツボを押さえて実を取る。視野の広さ、柔軟さというのでしょうか。傾倒してしまうのではなく、受け入れて自分のものとするその誇り。

とまぁ、とやかく言うてますが、改めて見てみるとわたくし、首里城正殿を真正面から撮ったことがありませんでした。

一番真正面っぽいのが先ほどの冊封儀式の一枚。あとはめっちゃ雨が降ったので雨宿りをしていた北殿から撮った一枚。

めっちゃ雨の首里城(2015年3月6日撮影)

めっちゃ雨の首里城(2015年3月6日撮影)

それにしてもこのブログは”めっちゃ雨”率が高いです。

めっちゃ雨といえば、初めて御開門(うけーじょー)を見に行ったときも、そこそこ雨でした。

御開門前の奉神門もそこそこ雨だった(2015年3月6日撮影)

御開門前の奉神門もそこそこ雨だった(2015年3月6日撮影)

このときは初めての那覇滞在で、レンタカーを借りずに歩きまわって、足が棒か足かわからんくなったときです。

龍潭池越しの首里城もこのときに見ました。が、天気悪いなぁ。

龍潭池越しの首里城(2015年3月6日撮影)

龍潭池越しの首里城(2015年3月6日撮影)

だけどこうやって遠目に見る首里城の赤いシルエットは好きでした。

情緒があっていいなぁと思ったのは、首里崎山町の崎山公園から見える首里城。

朝日に輝く首里城(2015年10月31日撮影)

朝日に輝く首里城(2015年10月31日撮影)

この写真は高台から日の出を見たくて早朝の崎山公園に来たけど、方角からして日の出なんか見える場所じゃなかったことを知ったときの一枚。

だけどここは昼間に来ると手前の瑞泉酒造から米を蒸す香りが流れてきて、蒸気が立ち上っていくその後ろに首里城という風景が見られる場所でした。

他にも、ゆいレールから見える姿はかっこよかったし、

儀保駅で見えた首里城(2017年4月20日photo by 夫)

儀保駅で見えた首里城(2017年4月20日photo by 夫)

関連記事→ゆいレール途中下車の旅-1日乗車券を使って【その2・首里の街】

古島駅の改札を出たら住宅地のずーっと向こうにあの赤い建物が見えて感動しました。

古島駅を出ると見えた首里城(2019年4月15日撮影)

古島駅を出ると見えた首里城(2019年4月15日撮影)

沖縄の人たちが普通に、ほんまにほんまの日常を過ごしているその後ろに溶け込んでいる首里城。

世界遺産でもあり有名な観光地でもあるけれど、首里城正殿のあのシルエットは沖縄の人たちの生活の一部だったんじゃないかと私は思います。

ところで、どうでもいい話私は学生時代、美術と音楽と家庭科以外はからきしダメな人でした。歴史なんて一切興味がなくて、鳴くよウグイス平安京でドヤ顔するレベル。今もそうです。

そんな私が琉球の歴史に興味を持ったのは、首里城がきっかけでした。

初めて首里城を見に行ったのが9年前。

初めての首里城で撮ったジオラマ(2010年11月15日撮影)

初めての首里城で撮ったジオラマ(2010年11月15日撮影)

当時は歴史とか関係なく、時を経ても美しいものが見たくて、よく日本の城やお寺を見に行っていました。

そしてその感覚で首里城を見に行ったら、なんかすごい赤いし、派手な椅子あるし、国王?王って何???和でもない中でもない。なんだこれ意味がわからん。と、頭の中は大混乱でした。

正殿内御差床(2014年01月17日撮影)

混乱した派手な椅子(正殿内御差床にて2014年01月17日撮影)

ぶっちゃけお恥ずかしいことに、私は琉球を知りませんでした。琉球という言葉は聞いたことがあったかもしれない…程度。

でもそれまでも感覚的に沖縄を好きだったので、首里城でカルチャーショックを受けながら、沖縄の歴史を知りたい。知ろう。と思ったのです。

そして大阪に帰って図書館に行き、とにかく沖縄の歴史本を開き、チンプンカンプンだけど字面だけを追い続け、本島各地のグスクをGoogleマップで探しているうちに少しずつおもしろくなって、今となってはドハマリしています。

西のアザナから見えた奉神門と正殿(2018年2月27日撮影)

西のアザナから見えた奉神門と正殿(2018年2月27日撮影)

だけどもし琉球の歴史に興味を持っていなければ、大昔の港とか地形のこととかまったく興味がなかったし、地名なんて覚えられないし、地図が読めない女でした。

関連記事→DEEokinawaさんの記事を再び書きました

歴史を学ぶことで知らないということの怖さを身を持って感じたし反省もしました。10人いれば10通りの真実があるんだと思うようにもなりました。

それに琉球の歴史にハマっていなければ、こんなに長い間沖縄を好きでいられなかったかもしれません。自分の性格からして、そろそろ飽きていると思います。

沖縄を好きになって高校野球を見るようになったし、沖縄が好きで観た沖縄映画のおかげで子どもをかわいいと思えるようになりました。

関連記事→沖縄が舞台の映画で一番おすすめしたい『ホテル・ハイビスカス』

そして好きで何度も沖縄へ行くうちに、あれ?今回のホテル誰の名前で予約したっけ?というのが面倒臭くなって、長く付き合っていた私たちは籍を入れて夫婦になりました。

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「好き」が持つ力を教えてくれたのが沖縄。そしてそのきっかけをくれたのは首里城でした。

京の内から続く階段を降りると現れる首里城正殿(2015年5月18日)

京の内から続く階段を降りると現れる首里城正殿(2015年5月18日)

だけどさ、ある日突然燃えてなくなるとは誰も思わないさ。ずっとそこにあるものだと思うやん。

だから、もっと足繁く通っておけばよかったとか、見たいものは今すぐ見に行かなきゃとか、そういう自分を追い詰めるような後悔はしないことにしました。

またその姿は見られるから。それを楽しみに待っています。

首里城大好きですよ。応援しています。ひやみかち首里城。

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