グスク門から夏至の朝日が差し込む景色が見たくて調べた結果

スポンサーリンク

新暦の6月22日前後は「夏至」ですね。日本では一日のうちで最も昼の時間が長い日です。

以前どこかで、沖縄のグスクはグスク門に夏至の朝日がちょうど差し込む方角で築かれている。と読んだことがありました。

読んだことはあったのですが、一体どこに行けばその光景を見られるのか、具体的に調べたことがありませんでした。

それで思いあたるグスクを調べてみた結果、現実的に見に行けそうなのは南城市の玉グスク(玉城城跡)だけかもしれないという結論に至りました。

とはいえ惜しいグスクもいくつかあって、なかなかおもしろい調べものになりました。

夏至の朝日を見に行ける-玉グスク(玉城城跡)

南城市玉城にある玉グスク。公式では玉城城跡と呼ばれています。

夏至の朝日は玉グスクのこの入り口からグスク内に差し込む
夏至の朝日はこの入り口からグスク内に差し込む

玉グスクといえば上の写真のような岩をくり抜いた入り口で知られています。

調べてみると、この入り口の向こうは一の郭で聖域。元々は三の郭まであるグスクだったそうです。

一の郭にはいくつか拝所があって、アマツヅ御嶽という雨乞いの御嶽もあります。琉球王国の史書には、琉球開闢の神・アマミキヨが最初に創った御嶽の一つとしてアマツヅ御嶽が登場します。

そんな神懸かった玉グスクは、夏至の日の朝、岩をくり抜いたこの入り口から聖域内に朝日が差し込む方角で築かれているんだそうです。なんとロマンチックなのでしょう。ロマンチック?でいいのか?

実は玉グスクの城門に夏至の朝日が差し込む話は有名で、去年(2018年)は地元紙のニュースにも取り上げられていました。

きょう夏至 神秘の「太陽の門」 玉城城跡【琉球新報】

玉グスクは国の指定文化財ですが、入場料など不要でいつでも入ることができます。しかも最近整備が進んで一の郭まで階段が設置されました。

玉グスクの一の郭まで設置された階段
玉グスクの一の郭まで設置された階段

それに夏至の朝ならば誰かしら人はいると思うので、早朝でも比較的行きやすいかと…。

とはいえグスク周辺もグスク内も草が生い茂っている場所が多いので、野生動物には特に気をつけてください。それからグスクの石(琉球石灰岩)は濡れていると超滑るので足元にはくれぐれもご注意を。

ちなみに2019年6月22日は土曜日。夏至の日の出時刻は05時37分だそうです。

玉グスクの場所

早朝は閲覧時間外-中グスク(中城城跡)

中城村と北中城村をまたぐ中グスク(中城城跡)。沖縄の世界遺産の一つです。

中グスクの三の郭と裏門
中グスクの三の郭と裏門

上の写真に写っているのは中グスクの三の郭と裏門です。私たちが「中城城跡」に入場して最初に目にする石積みがこの三の郭です。

実は中グスクの三の郭や裏門は新しく…といっても1440年以降に増築されたエリアで、一の郭二の郭までが大昔からあるグスクなんだそうです。

中グスクも夏至の朝日がアーチ門をくぐってグスク内に差し込む方角に築かれているそうです。

なんですが、それが具体的にどこの門なのかまでは調べきれませんでした。

中グスクにはだいたい同じ角度の門が3つくらいありますが、私が調べた感じでは二の郭から正殿が建っていた一の郭に続くアーチ門のことなんじゃないかなぁと…。でも本当のところはわかりません。

中グスクは二の郭のアーチ門から夏至の朝日が差し込むのか?
向こうのアーチ門から夏至の朝日が差し込むのだろうか?

なんにせよ「中城城跡」の閲覧時間は午前8時30分~なので、朝日が差し込む時間帯にグスク内に入ることはできません。

夏至の朝日を拝む企画があったらいいのになぁ。冬至のイベントはあるんですけどね。

関連記事→中城城跡で冬至に開催される『わかてだを見る集い』を見に行った

朝日が門をくぐらない-座喜味グスク(座喜味城跡)

読谷村座喜味にある座喜味グスク(座喜味城跡)。ここも沖縄の世界遺産の一つです。

座喜味グスク二の郭と有名なアーチ門
座喜味グスク二の郭と有名なアーチ門

座喜味グスクの築城は1416年以降だと考えられているので、琉球のグスクの中では比較的新しいグスクだと思います。築城したのは通称・護佐丸(ごさまる)。まぁ一言では言い表せないほどのすごい武将です。「すごい武将」とはなんと浅い表現。

座喜味グスクは二の郭まであって、現在一の郭には屋敷跡の礎石が復元されています。

座喜味グスク一の郭の屋敷跡を後方から撮影
一の郭の屋敷跡を後方から撮影

そして肝心な夏至の朝日は、あの有名な2つのアーチ門をくぐることなく、屋敷跡の後方から昇ってきます。

あのー。それでね、今からちょっと、それやったら書くなよーということを書くんですけど…。

昔何かの歴史本で、グスク時代初期の権力者は、太陽の神さまから力を授かるという意識で太陽の光を受ける方角でグスクを築いた。しかし時代が下るにつれて、我こそが太陽の神に代わる存在だという意識に変わっていったので、太陽を背負う方角でグスクを築いた。というような内容を読んだ気がするんです。

いやでもこれ記憶違いだったらすみません。ガセネタだったらごめんなさい。なー。もー。それやったら書くなよー。

それで、そんな曖昧な記憶と重ねてみると、ひょっとすると座喜味グスクで夏至の朝日が屋敷の後方から昇ってくるのは、護佐丸が太陽を背負う方角になるように意図して設計されたのかなぁ。なんて想像をめぐらせていました。

ということで座喜味グスクではアーチ門から差し込む夏至の朝日は見られません。ですが入場料など不要で解放されているグスクです。

座喜味グスクの場所

古グスクに門がない-知念グスク(知念城跡)

南城市知念にある知念グスク(知念城跡)。

知念グスクのアーチ門
知念グスクのアーチ門

知念グスクも大昔からある古いグスクで、アマミキヨと関わりがあると聞きます。それにアーチ門のイメージがあったので調べてみました。

結論から言うと、おそらく見られないと思います。

知念グスクにはミーグスク(新グスク)とクーグスク(古グスク)の二つの郭があります。上の写真のアーチ門はミーグスクの門です。

夏至の朝日の方角だけで見ると微妙にアーチ門をくぐりそうですが、なんのことはない。あの門の向こうにはヒンプンが立てられているんです。

ヒンプンとは魔よけで、魔物をはじく「ついたて」のこと。朝日はじかれちゃった!!

知念グスクミーグスクのアーチ門にはヒンプンが
ミーグスクのアーチ門にはヒンプンが

調べてみるとヒンプンは近年立てられたものだそうです。が、ミーグスク自体もずいぶん時代が下ってから築かれたという説もあって、調べていて訳がわからなくなってきました。

それならばと元々あったというクーグスクに期待したのですが、クーグスクには門がありません。

クーグスクは按司の居城ではなく聖地だったとかなんか情報がごちゃごちゃっとしてきたので、もうそれ以上深追いしないことにしました。

どちらにしても知念グスクはグスク内もグスクにたどり着くまでも、草の生い茂った道を通らないといけないので、夜間早朝の散策はおすすめしません。ほななんで書いたんや。

その他調べてみたグスク一覧

その他にも調べてみたグスクをメモついでに表にしておきます。

表に載っているのは夏至の朝日が門をくぐって差し込まないと思われるグスクです。石積みが残っておらずわからなかったグスクも含まれます。

グスク名 所在地 ○× メモ
首里城 那覇市首里 × 正殿の後ろに昇る。後光スタイルか?
今帰仁グスク 今帰仁村今泊 × 御内原のテンチジアマチジ(カナヒヤブ)の向こうに昇る。
勝連グスク うるま市勝連 × 二の郭の門は微妙。一の郭は玉ノミウヂ御嶽を照らす感じ。
浦添グスク 浦添市仲間 ほぼ石積みが残っていない。
島添大里グスク 南城市大里 × まったく関係ないように見える。門は残っていない。
糸数グスク 南城市玉城 × 微妙。門は東向きに構えている。草木生い茂る。
具志川グスク 糸満市喜屋武 × 微妙ではあるけれども違う気がする。

ただしこの表の内容は、あくまでも今手元にある資料と「日の出日の入り方角マップ」というネットのツールだけを頼りに調べたことなので、今後この結果は書き換えていくと思います。

日の出日の入り方角マップ

といいますかこれ、もっとちゃんと調べたらものすごくおもしろいグスクのあれこれを知れる気がしました。一つ一つのグスクのつくりや歴史も奥が深くて、しばらくの間グスク勉強にはまりそうです。

この記事が気に入ったら
いいね ! をお願いします

スポンサーリンク
   

関連記事

コメントを残す

※メールアドレスが公開されることはありません。
※コメントは承認制です。送信していただいてから公開されるまで少々お時間がかかります。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください