前島の塩田跡を探して-古地図を頼りに那覇散策その2【沖縄一人旅2日目】

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沖縄一人旅中に那覇で歴史散策をした話の続きです。

当初予定していたのは、牧志のホテルを出発後、前島、若狭、辻を経由しながら西町方面に向けて戦前の海岸線を歩き、東町で大昔の港を感じるという2時間程度のコース。そしてその後は沖縄県立図書館に行き歴史本を読み漁るつもりでいました。

ところがホテル出発直後、牧志の集落散策に45分も時間を使ってしまったため、なかなか前に進めません。

牧志散策の記事→「牧志村」を歩く-古地図を頼りに那覇散策その1【沖縄一人旅2日目】

これはよくない。ここからは駅もないバス停も少ないエリアに徒歩で入っていくのです。途中で力尽きたらタクシーに迎えに来てもらわないといけなくなるわけで。

さぁ、急がねば。ここからはペースを上げて前島の塩田跡を通り抜けていくつもりでした。

塩神の拝所と「前島小公園」跡(前島町民会館)

牧志から前島に入り、最初に目指したのは前島町民会館。

前島町民会館(那覇市前島)
前島町民会館

会館の敷地内には塩神(えんしん)が祀られている拝所があります。

塩神の拝所(前島町民会館/那覇市前島)
塩神(えんしん)の拝所

詳しいことはわかりませんでしたが、おそらく中央が塩神なのかなぁ。右側は火の神(ひぬかん)じゃないかと思います。

現在前島町民会館と那覇市立那覇小学校がある辺りには、戦前「前島小公園」がありました。

『泊前島町誌(平成3年1月15日発行)』によると、「前島小公園」には前島の守り神が祀られていて、公園の後ろには高さ5mほどの岩山があったと。岩山周辺には木々が鬱蒼と茂っていて、古老の話では、大昔この岩や樹々に唐船の綱を結びつけたんだそうです。

ふふふふふ。また見つけたわ。大昔はここまで船が入ってきていた的な話は私の大好物。

ちなみに前島町民会館の場所をGoogleマップでみるとここ。

それで、なぜここに塩神が祀られているのかというと、琉球王国時代から戦後の日本復帰直前まで前島一帯は塩田だったからなんです。

ということは、大昔は船が入れるほどの海峡もしくは河口だった場所に土砂などが積もって干潟になり、そして塩田として活用されたという歴史が前島にはあるんですね。前島を歩いてみたかったのはそれを感じたかったからなんですよ。

さ、話が長くなったので次に進みます。

梵字炉がある前島中公園

前島町民会館から那覇小学校の西側にまわると前島中公園があります。

そこには「梵字炉」と「泊塩田之跡碑」と刻まれた石碑が置かれています。

「梵字炉」と「泊塩田之跡碑」(那覇市前島)
「梵字炉」と「泊塩田之跡碑」

「泊塩田之跡碑」は、先ほど書いたようにこの辺一帯が塩田だったことを伝えるもの。

「梵字炉」は…。私もよくわかってないんですけど、琉球王国時代は字を書いた紙はとても大切な物だったようです。なので適当に捨てるのではなく梵字炉に集めて焼くようにと定められたんですって。

梵字炉の案内板には、”1838年(天保9年)尚育王の時代”とあったので、琉球王国末期のころですね。さらに案内板によると、字を書いていたということは教育体制があったということも指しているようです。

それからこれはうろ覚えなんですけど、確か梵字炉は寺とか村屋(役所的な場所)などに置かれたと読んだ気がします。だとすればここには昔そういう公共の施設があったのかもしれないですね。ってガセネタだったらすみません。

戦前の集落と塩田の境目-ユニオン前島店

さて、梵字炉公園から一本西側の道を進むと見えてきたのは、今、あいてます!のユニオン前島店。

フレッシュプラザユニオン【公式サイト】

フレッシュプラザユニオン前島店付近
フレッシュプラザユニオン前島店付近

あえてユニオン前島店を経由したのは歯磨き粉を買いたかったから。ではありません。買ったけど。

この歴史散策のヒントにしている明治初年(1868年頃?)の古地図『那覇市街図』とGoogleマップを照らし合わせてみると、ちょうどユニオン前島店付近が前島集落と塩田の境だったようなんです。

今まで歩いてきた道が集落側。ユニオンあたりから向こうが塩田。

へえ~。とは思ったけど、あんまりピンとこなかったなぁ。

明治時代にもあった道?!国道58号線

ユニオン前島店からそのまま国道58号線に出ました。

現在の国道58号線「前島」交差点から「泊」交差点あたりの区間は、古地図の時代(明治初年)にも道が通っていたようです。

この道は「泊兼久」という集落の真ん中を通る道でした。そして現在の「前島」交差点付近は集落の端っこで、周辺には塩田が広がっていたようです。

そういうイメージで歩いていると、58号線から歩道や路地にかけて緩やかな下り坂になっているのは、昔の道と塩田との高低差なのかなぁ。なんて当てずっぽうでブラタモリ的なことを考えていました。

「泊兼久」の道だった国道58号線
「泊兼久」の道だった国道58号線

昔この辺が塩田だった話は、『ツナガルマップ』というなんだかめちゃめちゃおもしろいサイトで詳しく解説されていますよ。

泊塩濱(潟原)【沖縄県 首里那覇港図屏風・地図アッチャー│ツナガルマップ】

海の中だった前島北公園

国道58号線から路地に入り西向きにずんずん進むと、前島北公園が見えてきました。

前島北公園(那覇市前島3丁目)
前島北公園

もうこの辺まで来ると、古地図では干潟も通り越して海の中です。

公園の入口に、『西暦1700年頃の那覇』を描いた地図がありました。1700年頃というと、琉球王国では尚貞王の時代。江戸幕府では徳川綱吉将軍の時代です。

西暦1700年頃の那覇
西暦1700年頃の那覇

張り切って真正面から写真を撮ってきたんですが、これと同じイラストが那覇市歴史博物館のサイトにもありました。

「王朝文化と都市の歴史」というページの「02.王国時代の首里・那覇」というタブで見ることができます。

王朝文化と都市の歴史【那覇市歴史博物館】

前島北公園の一角に拝所があったんですけど、詳しくはわかりませんでした。干潟の先にあるので竜宮の拝所かしらとは思うのですが…。

という感じで前島散策はここまで。前島滞在時間およそ40分。ホテルを出発してから1時間と25分。

なんか、なんかもうえぇわぁ。という気がしてきました。予定のコースを全部まわれなくても、適当なところで切り上げよう。力尽きる前にタクシーを拾えばいいじゃないか。だって大人なんですもの。

そう腹を括ったらだいぶ気が楽になりました。

さぁ次はいよいよ若狭に入ります。

その3につづく→若狭の海岸線をまさかのスルー-古地図を頼りに那覇散策その3【一人旅2日目】

その1→「牧志村」を歩く-古地図を頼りに那覇散策その1【沖縄一人旅2日目】

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2 thoughts on “前島の塩田跡を探して-古地図を頼りに那覇散策その2【沖縄一人旅2日目】

  • 2019年11月27日 at 10:13 AM
    Permalink

    むっちゃ楽しそうな散策!
    後ろからついて行きたいです!
    次のアップを楽しみにしています。

    Reply
    • 2019年11月27日 at 12:17 PM
      Permalink

      ヨウダさん

      わーい!ありがとうございます^^
      その1といい、このシリーズ、だだ滑りしてるんじゃないかと勝手に思ってスネてました(笑)
      やる気湧いてきました。

      Reply

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