昭和を代表する脚本家のひとり、向田邦子のエッセイ集に「沖縄胃袋旅行」という作品がありました。
内容はその題名通り、向田邦子が沖縄を訪れた際に食べたものや街の風景、子どもの頃に出会った沖縄について描いたものでした。
ずいぶん前に私は、このエッセイに載っているお店を片っ端から探したことがありました。
ネット検索を駆使して調べに調べ、ほとんどのお店を見つけることができたのですが、どうしても1軒だけ、なんのヒントも見つからないお店があったのです。
それは辻町でおいしいと評判の「夕顔」というお店でした。
向田邦子が足てびちを食べた辻町の「夕顔」
辻町の「夕顔」で向田邦子は、“「足てびち」と「そうめんちゃんぷるう」に感動した。”と書いています。
そしてその「足てびち」を讃える向田邦子ならではの絶妙な言い回しは、読んでいるだけでお肌がプルプルになるような気がしました。
ほんの少しだけ抜粋します。
舌の上で溶けて骨だけが残るやわらかさ。脂っぽいのに脂っぽくない、コクがあるのにあっさりした玄妙としか言いようのないうまさ。【「沖縄胃袋旅行」(文春文庫『女の人差し指』)より引用しました。】
女あるじが営んでいるという「夕顔」に、私はぜひ行きたいと思いました。でも向田邦子が書く店の雰囲気から想像すると、もう少し大人の飲み食いができるようになってからかなとも思っていました。
沖縄県立図書館であっけなく解決
さて、このタイミングで「夕顔」について書いたのは、あれほど探しても見つけられなかった「夕顔」の情報を、ついに見つけることができたからです。
それは2018年12月に移転オープンした沖縄県立図書館で、息を吸って吐く程度の労力で解決できました。
沖縄県立図書館がある建物の5階には、郷土資料のフロアがあって、県内市町村の郷土史やら昔の地図やら何から何まで、沖縄マニアにはよだれが出るような情報がギュッと集まっているのです。
「夕顔」は「小料理夕顔」という名で、昔の住宅地図に載っていました。
「夕顔」があった場所
残念なことに「夕顔」はすでに閉店していて、お店があった場所には別の建物が建っていました。なので、詳細な場所の公開は控えます。
でも、「夕顔」のすぐそばに、有名で格式高い料亭「松の下」があったようです。
「松の下」跡は現在老人ホームになっていて、そこは今でも広く知られているようなので、参考までに「松の下」跡のマップを載せておきます。
この辺りにあったお店に向田邦子は案内されて、プリンプリンの足てびちを3切れもたいらげ、そうめんちゃんぷるうの作り方を教わっているのです。
沖縄と向田邦子の両方が大好きな私にとっては、とても感慨深い発見でした。
「夕顔」については、その歴史や女あるじのその後のことなど、今後もう少し調べてみたいと思っています。
向田邦子が訪れた場所
話のついでに、向田邦子が沖縄で訪れたという、その他の場所も紹介します。
沖縄料理の名門「美栄」
“沖縄料理の名門「美栄」”と紹介する料亭で、向田邦子は宮廷料理のコースを食べたようです。
- 豆腐よう
- 中身の吸物
- 東道盆
- ミヌダル
- 芋くずあんだぎい
- 大根の地漬
- 田芋のから揚げ
- 地豆豆腐
- 昆布いりち
- どるわかし
- 耳皮さしみ
- らふてえ
- 豚飯
- パパイヤのぬか漬
- タピオカのデザート
- ジャスミン茶
というふうに、東道盆(とぅんだあぶん)を含むコースの一品一品を、細かくメモするように説明しています。
牧志公設市場
エッセイの中で”那覇市内の平和通りの奥にある公設市場”と書かれている場所があります。その後の文面から見て第一牧志公設市場のことかと思います。
市場に並ぶ食材の本土との違いに驚き、働く女性たちに思いを巡らせています。そして一言、“ああ、買って帰りたい。”の一文に、私はニヤリとするのです。
続いて“胃袋に関係はないが、”と書きつつ触れている、“牧志東公設市場”というのは、「牧志公設市場衣料部」のことかと思います。あの、リゾートワンピなどが吊るされている辺りではないかと思いますが、また詳しいことがわかったら追記します。
沖縄そば「さくら屋」
向田邦子が沖縄そばを食べたという「さくら屋」。当時は首里の住宅街にあったそうですが、残念ながら現在は閉店しています。
ですが、現在首里赤田町で営業している「首里そば」は、さくら屋の製法を受け継いだお店だそうです。
有名な人気店のようで、行列ができるお店です。私も以前食べに行きました。
手打ち麺のインパクトがすごかったのを覚えています。確かにおいしかったと思うのですが、昔すぎて忘れてしまったのでまた行きたいです。
左党なら「うりずん」
“左党なら「うりずん」をのぞくのもいいかも知れない。”
左党=酒好き、には「うりずん」で、粋な泡盛の飲み方をすすめています。「うりずん」は現在も栄町市場の近くで営業中。
ここも有名な人気店ですね。予約をしないと入れないイメージがあります。
ちーるんよう
お店は紹介されていませんが、甘党へのおすすめとして、「さーたあんだぎい」、「ちんぴん」、「ちーるんよう」というお菓子について書いています。
「ちーるんよう」とは聞いたことがなかったので調べてみると、鶏卵糕(ちいるんこう)というカステラのような伝統菓子があるそうです。
戦争の尻尾
戦前、戦中、戦後を生きた向田邦子は、沖縄と戦争に関しても思うところを書いています。
その話の流れで、足を伸ばしてみたという沖縄市の“BC通り”というのは、現在の「中央パークアベニュー」のことだそうです。
その他にも、ひめゆりの塔、摩文仁の丘を挙げ、実際に内地で戦争を経験した人としての文章が続きます。
このリアルな戦争の感覚は、子どもの頃に読んでも解りませんでした。今でも読むたびに、心に響く深さが増していく文章です。
きっぱん
「沖縄胃袋旅行」の軸になっている沖縄のお菓子「きっぱん」のお店は、那覇市松尾に現在も残っていました。店の名前は「謝花きっぱん店」。
何年も前ですが、私たちもきっぱんを買いに行きました。
きっぱんは、想像をはるかに超える上品な甘さ。さわやかでおいしい柑橘系の砂糖漬けでした。それまで知っていた砂糖漬けは、あれはきっとジェリービーンズだったんだと思うくらい。砂糖漬けの概念が変わります。
ツウな沖縄のお土産としてもおすすめのお菓子です。
「沖縄胃袋旅行」に書かれていた場所は、これで全部です。
何年も探し続けていた最後の1軒、「夕顔」は、現地に行けばほんの数分で見つけることができました。
ネットもスマホもない時代、現地に赴き、現地の人に話を聞き、紙にメモをとる。アナログだからこその血の通ったエッセイを読んでいると、現地での体験を経て知るということの深さを改めて感じます。
自分はもうアナログには戻れませんが、これからももっと現地での体験を大切にしようと、また沖縄行きを目論むのでありました。
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